Going, Glory, Goal in


 そろそろかな。そろそろかな。
 そんなことを考えながらちらちらと腕の時計を見ていたからだろう。スーツをきっちり着こなした上官──ハッキネンカウハバ基地指揮官は、そんな書類の山の向こうでそんな私を一瞥して一つため息をついた。そしてくい、とあごで扉のほうを示す。

「役に立てないのなら廊下へ出なさい、エルマ大尉」
「…それは──でもお」
「格納庫にでもどこにでも、行けばいいでしょう。はっきり言って目障りです」
「う、うう、そこまで言わなくたって…」
「つべこべ言っている暇があるなら早く行けばいいでしょう。とにかくそんなにそわそわして仕事に手もつかないようでは邪魔です。──それに、」
「……それに?」
「彼女も、あなたがいたほうが喜ぶでしょう」

 言いよどむ私に煮えを切らせたらしいその人の言葉で、私はようやっと彼女の本音を知る。仕事が手につかないほど気になるのなら出迎えにいけ。要するにそう言うことらしい。

「…は、はいっ!!エルマ・レイヴォネン、行きますっ」
「…──別に出撃するわけではないのですからもう少し静かに。それに、明日は二人とも大事な式典があるのですから、あまり羽目を外さないように。」
「…はい……はいっ!では失礼します!!」

 足早に格納庫に向かう。私は“あの子”みたいに未来が見られるわけではない。見られるわけではないから、いつも怯えてびくびくして、ずっとずっと誰かの後ろに隠れるばかりで暮らしていた。そうして生きてきたものだから、いざ「義勇独立飛行中隊を組織するから、あなたはその隊長を勤めなさい」といわれたときは相当戸惑ったものだ。できない。やれない。むりです。懸命に前を向こうとはしていたけれど、心の奥底はいつもそう言って泣き叫んでいたっけ。

「あれ、エルマじゃない」

 途中でハルカさんとすれ違う。そんな私を変えてくれた、スオムスいらん子中隊──現在の、第507統合戦闘航空団の仲間だ。今となってはもう、初期メンバーは私を含めてハルカさんとウルスラさんしかいないけれど。
 “トモコ中尉がいないところで飾ってもしかたないから”と、最近は諦めているらしいビン底眼鏡の向こうの瞳が「どうしたの?」と語りかけてくる。少しだけ足を緩めて、彼女に笑いかけた。それだけで、彼女には何かが伝わったらしい。

「ああ──そういえば“今日”だったわね。通りで朝からソワソワしてると思った。格納庫でしょ?いってらっしゃい」

 どこか悪戯っぽい笑顔を浮かべられて、顔が熱くなってしまうのは彼女のその表情に他意を見つけたから。「そ、そんなんじゃないですっ」とついごまかしの言葉を返してしまう。何がどう『そうじゃない』のかなんて、言えるはずもない。
 「どうして年上で上官のあなたが敬語で、ハルカがそうじゃないの」とよくみんなに笑われるけれど、私としてはこの話し方のほうがよっぽど性に合っているのでもう気にしないことにしている。距離を感じない?なんていわれたりもするけれど、私は私なりに親しみを込めて、そうしているのだから。
 そう。決められた役職。変わらない年齢差。そんなものに対して自分を無理に合わせる必要はない。無理なら仲間に頼っていいし、その中で自分の全力を尽くせばいい。ありのままの自分で、出来ることを精一杯することが、何よりも大切。そう教えてくれたのも、いらん子中隊のみんなだった。

「…はいっ!!」
「でも明日もあるんだから、あんまり浮ついちゃ駄目よー」

 勢いよく返事をして通り過ぎて、振り返ったらハルカさんが笑って手を振ってくれていた。ここに来た当初まだ13歳だった彼女もこの間の4月で18歳。もうすっかり大人の顔だ。第507統合戦闘航空団の誇る、立派なウィッチの一人。かけがえのない、私の仲間。
 トモコさんが退役するときに散々泣いてわめいて、「自分も扶桑に帰る」と叫んでいたあのハルカさんは、もういない。けれども、大好きな人のためなら訓練だって実践だって、いくらだってがんばれる。そんなハルカさんは、いま、変わらずここにいる。

 流れた時と、確かな成長。それを感じて口許を緩ませる。みんなみんな、変わって行く。走るように通り過ぎた、魔力が発現してからのこの約10年間。
 辛いことも、苦しいことも、悲しい別れも、たくさんあった。
 でも…楽しかった。きらきら輝いていた。いまなら、そういえる気がした。


 やあ、ひばりの嬢ちゃん。
 格納庫に駆け込んできたら、整備兵のおじさんたちがすでに待機していた。目深に被ったキャップをくいと上に押し上げて、歯を見せてにこりと笑う。それはクリスマスの季節になると毎年やって来てくれた赤ら顔のおじさんを髣髴とさせる親しみに満ちた笑顔で、私もつられて笑顔を返す。

「健気だねえ、ダンナのお迎えかい?」
「ダ、ダンナだなんて、そのう」
「ははは、聞いたぞ。今回も相当の“釣果”だったそうじゃないか。流石はスオムスの誇る名指揮官だな」
「──はい」

 手で何かを放り投げるような仕草をするのは、きっと引き網漁を真似ているのだろう。一度でると長らく基地を離れて転戦して、そして数多くの撃墜スコアを引っさげて帰ってくる。その様は確かに網に一杯の魚を担いで戻ってくる漁師のようでもあった。

「ひばりの嬢ちゃんはさしずめ、外遊中の夫を待ちわびる健気な奥さん、ってとこか」
「べべべべべつに、そんな、おくさんとかっ!!」

 ちがいねえ、ちがいねえ。
 格納庫に笑い声が響き渡るけれど、私は気恥ずかしさに真っ赤になっていることしか出来ない。

「まあ、とにかく明日はダンナと二人そろって晴れの日だ。俺たちはひばりの嬢ちゃんのがんばりを昔から知ってるんだから、胸を張れよ!!」
「は、はいっ!!」
「ははは、いい奥さんだな、本当に!」

 全くだよな。もったいねえ。幸せになれよ。
 再び盛り上がる整備兵の人たちに何も言えずにうつむいていると、格納庫にベルが響いた。ネウロイの出現を知らせるサイレンとは違うその響きは、いまの私にはとても楽しげに聞こえる。直後に聞きなれた声で、通信が入った。思わず通信機に飛び掛らんほどの勢いで走り寄る。

『こちらエイッカ。ルーッカネン分遣隊、間もなくカウハバ基地に到着します』

通信機から聞こえる声に陰りはない。それが私をひどく安心させる。

『こ、こちらひばりっ。了解しました』

 それでもつい、上ずってしまう声。もしかしたら震えてはいなかったろうか。そりゃ、定期通信で何度も応答はしたけれども、でも、やっぱりそれとはちがう。だってあの人が帰ってくるのだ。すぐそこまで来ているのだ。一度部隊を率いて出撃したら、最低でも1週間は出ずっぱりで帰ってこない、もしくは他の基地を転々として何ヶ月も会えないことさえある、あの人が。今回の遠征は1週間足らずと、彼女の戦歴からするとひどく短いものであったけれどもそれも今日という日の日付を鑑みれば致し方ない。それに、それでも、募る寂しさは変わらないのだもの。

 ストライカーのエンジン音が聞こえたら、体は勝手に滑走路のほうまで飛び出していた。危なげなく滑り降りてくる8機の機体。無事に着陸したのを見てほっと胸を撫で下ろす。どうやら「ついていない」せいで何度も何度も入院の憂き目に会って、挙句の果てにはハンガー掃除に回されているきかんぼうのあの子は今回は黙ってついて言ったりしなかったらしい。ちらりと視線をめぐらせれば、ほうきを持って仲間たちの帰投を迎えている彼女の姿があった。大方「今回はすぐ帰ってくるから」などと諭されてしぶしぶ基地に留まったのだろう。

 わいわい、がやがや。女の子たちの声高な声が近づいてくる。ルーッカネン分遣隊。私の大切な人の名前を冠した部隊だ。もちろん、それを率いているその人は。

「エイラちゃん!!!!!」

 彼女の姿を認めた瞬間、少し離れてそれを聞いていた整備兵の人たちが目を丸くするくらいの大声で叫んでいた。ハンガーから身を乗り出して大きく手を振る。私はここにいるよ。そう伝えるように。

「た、ただいまっ、エルマ」

 気恥ずかしいのだろうか。すれ違いざまに手を上げて、小さく囁かれるその言葉だけでも、私は嬉しくて。思わず顔を緩ませてしまう。普段だったらこんなに大それたことしないけれど、今日だけは特別だって、許して欲しい。だってこうして彼女を出迎えることももう、なくなるんだから。
 今日は6月3日。明日──6月4日は私と彼女の誕生日。二十歳になる、誕生日。明日は私と彼女の、退役の式典が執り行われることになっている。

 つまり──私たちにとって、ウィッチとして過ごす最後の日なのだ。





「えええええ!?」

 エイラちゃんの部屋に響き渡るのは、私の声。5年前はみすぼらしいものだったカウハバの建物も、あの頃よりはよっぽど立派な施設となった。そんなわけで、私やエイラちゃんと言った仕官には個室がちゃんと与えられている。もっとも、エイラちゃんは元々一年のほとんどを湖の上で過ごすような人だから、いつのまにか私と相部屋ということになってしまっているのだけれど。

「ど、どういうこと?私それ、きいてない…っ」
「……ごめん。遠征の間に決めておけってハッキネン中佐に言われてたんだ。聞いてなかった?」
「……きいてない」

 あのゆきおんな。悪態づく彼女はサウナ上がりで、ゆったりとした空色のパーカーを羽織っている。それはエイラちゃんの昔からの好みで、彼女に憧れるウィッチは普段着におそろいのパーカーを身につける子も数多いという。私もよく似たタイプの上着を着ているけれどこれは真似したわけではなくてエイラちゃんとおそろいのものを一緒に買い揃えたのだ。だからちょっぴり、優越感。
 軍服を脱いでしまうと、彼女も私も一人の女の子…という年ではもうないのかもしれないけれど、とにかくは女の子だ。彼女もまた、空の凛々しさは欠片も感じさせないリラックスした表情で私の頭をタオルで拭いてくれているのだった。士官学校でであったあの幼い日からずっと一緒だった私たちだけれど、彼女のこんな世話焼きなところは昔からちっとも変わっていない。

「……じぶんでいえってこと、なんだろうな…もー!」

 前髪を軽くかきむしると、淡い金色をした短髪がきらきらと光る。私のそれとよく似た色をしているのにずっと輝いているように思えるそれに見とれて息さえつけずにいると、私の視線に気付いたらしい彼女がちょいとこちらを見て、「みないでよ」とちょっと恥ずかしそうな顔で笑った。きゅう、と心臓が締め付けられたような気持ちになる。

 すっかりと湿り気を失った私の髪からタオルを外して丁寧に畳むと、今度は櫛で慎重に梳いてくれる。彼女と来たら、自身の頭に関してはタオルでぐしゃぐしゃとふき取ってそのまま、ぐらいの無頓着さを発揮するというのにこと他人のこととなるとやたらと几帳面だ。私以外の人にそれをしているのをほとんど見たことがないから他の人にも果たしてそれをしているのかは知らないけれど、きっと遠征に出かけている間は隊の女の子たちにもやってあげているんだろうな、なんて思う。

「…もう一度言うね。エルマ、わたし」

 先ほどまでは同じベッドに座った傍らから私の髪の毛を拭いている体勢だったのだけれど、今のエイラちゃんはすっかりとベッドの上に上がりこんで私の背後に回り込んでいる。…まるで私の視線から逃げようとしているかのよう、なんて考えたらだめなのかな。だめなんだろうな、やっぱり。
 ごくり、とつばを飲み込む。さっき一度聞いたことだけれど、どうしても緊張する。

「私、ウィッチを辞めない。まだ、戦う。」

 決意に満ちたその言葉は、けれど実に彼女らしさを感じるものでもあった。
 ネウロイの侵攻が始まって以来、私と彼女は所属する基地は違えどもずっとネウロイと戦ってきた。特にエイラちゃん──いいや、エイラ・ルーッカネンという人は、その才能を買われどの基地にも所属せず、前線を点々とする分遣隊という特殊な部隊を率いてずっとずっと、何年もその戦いの中に身を投じてきたのだ。帰る基地が決まっていて、ネウロイが出撃すれば迎撃を行ったり、基地を基点にして作戦を行っていた私とは違って、彼女は常に最前線で、ネウロイと直接戦っていた。当然出撃回数は他のウィッチなんて比べ物にならないくらいのものをたたき出している。最近はすっかり、特に湖の氷が解けている間は第一中隊が配属されているこのカウハバ基地を根城とする体であるけれども、それでも実際のところ彼女が根無し草であることは変わりない。

 それを当たり前として生きてきた彼女が「ウィッチを辞めない」というなら「まだ戦う」というのなら。
 エイラちゃんはそのスタンスを変えたりはしないだろう。だってそれが彼女にとって、一番よいウィッチとしての生き方で、戦い方なのだろうから。

でも、それは。

「……リスクは承知の上よ。でも、大丈夫。私はまだ戦える。戦えるって、分かる。シールドだってまだ機能してるし、魔力供給だって安定してる。私にはまだ、出来ることがある」

 だから戦うよ。スオムス空軍をやめたりしないよ。
 つまるところ、彼女は私にそう言いたいのだ。

 20歳になって、ウィッチを退役したら。そうしたらまた一緒にどこかに行こう。そんな約束をしたのは果たしてどのくらい前のことだったっけ。幼い幼い、学生時代のやりとりだから、すっかり記憶はおぼろげだ。私の家に行って、彼女の家を見て。そうしてのんびり過ごそう、なんて考えていた。だってあの頃はまだ平和だった。士官学校を卒業してウィッチとしての能力を失うまでの数年間を軍で過ごして。それですべてから解放されると思っていた、愚かで無邪気なあの頃の話。

「それに、私──」
「…分かってる、エイラちゃん。──それに、あの子を待たなくちゃいけないから。でしょう?」
「……うん。」

 かなわないね、エルマには。
 ははは、と乾いた笑いが聞こえる。そうだよ、エイラちゃん。私はあなたのことなんて、なーんでも知っているんだから。だから、隠し事なんてしたって無駄なんだから。
 未来を視る予知能力を持った“あの子”。どうしてか昔から、エイラちゃんは彼女のことをとてもとても気に掛けていて、彼女もまたエイラちゃんにとても懐いているようだった。口癖や服装を真似て、いつもその後ろをついて回って。その姿はさながら、親子のような、姉妹のような、そんな微笑ましいもので。

 けれどもある日、エイラちゃんはそんな彼女を突き放した。当時はまだ、スオムス義勇独立飛行中隊と言う名前だった現第507統合戦闘航空団の功績を受け、ガリア戦線の最前線、ブリタニアに国籍不問の飛行隊が設立される。スオムスからも是非、ウィッチを派遣して欲しい。そんな打診があったのは当初私たち“いらん子中隊”のところで、けれども一つのチームとしてすでにまとまっていたこのチームワークを崩すことに抵抗を感じていた矢先に、エイラちゃんがその書類を私から取り上げたのだ。そして言った。それならあつらえ向きの子が私の部隊にいるよ。

 そうしてマンネルハイム十字章を受けたばかりの、若干13歳に過ぎなかった彼女を、半ば無理やりブリタニアへと送り出した。それから約、1年半。当然のことながらガリア奪還はいまだ叶わず、彼女もまたブリタニアの部隊に出向し続けている。エイラちゃんは、そんな彼女の帰りを待つと言っているのだ。

「イッル、だっけ。もう一人の“エイラ”ちゃん」
「──うん。」

「あの子とも約束したから。イッルが戻ってくるまでちゃんと、私が、私たちがスオムスを守るって。あなたの帰りをちゃんと待ってるって。
 だから──イッルが帰ってくるそのときまでは、責任を持ちたいの。だって、私はあの子の隊長だから。」

 ブリタニアへの出向を命じたときの現場には、実は私も居合わせていて。だからこそ、彼女がどれだけ悲しい気持ちを抱えてブリタニアに渡ったのか知っている。
(イッルはね、きっと私をうらんでると思うな)
 お酒を飲んで、酔いが回るたびにエイラちゃんがそう繰り返していたことも、私は知っている。エイラちゃんが何を思って彼女を送り出したのかまでを推し量ることは出来ないけれど──ただ一ついえるのは、いま、彼女のことを思って言葉を紡ぐ彼女の声音が、とてもとても優しいものであるということ。

 二十歳が目処とは言え、私が、彼女が、いつまでストライクウィッチとして戦えるかはわからない。事実、私にはもうウィッチとして最前線で戦うような魔力はない。エイラちゃんはまだ充分ウィッチとして戦う素質を持っているけれど、その「終わりの日」がいつになるのかは、誰にもわからないのだ。燃料の切れた車のように、突然プスリと動かなくなってしまうのかもしれない。彼女のの終わりが来るのはもしかしたら空の上かもしれない。そんな危うい状況の中、それでもこの人は戦うと言うのだ。

「……だめ、かな」

 背後から二本の腕が伸びてきて、私の体を捕らえて、そしてぎゅうと抱きしめた。恐らく今回の遠征はもうすぐ二十歳を迎える彼女にストライクウィッチとして戦う適正がまだ残されているのかを問う意味合いもあったのだろう。結果、エイラちゃんは無事に帰ってきた。大漁と評するのに相応しい撃墜スコアを引き下げて。

 下唇をかんだ。いやだ、いやだよそんなの。危ないから、止めて。そう伝えたかった。私の一番一番大切な人。私の知らないどこかで死んでしまうかもしれない。そんなリスクを背負って、戦う。そんなの、絶対。
 …でも。でもやっぱり、こうして抱きしめられると、引き止めることが出来ない自分がいる。昔からそうだった。こうされると私がエイラちゃんに何も言えなくなることにきっと知らず知らずのうちに気がついている。

「ひどいよ」
「…え?」
「だめ、って言っても、エイラちゃんはやめないでしょう…っ」

 ぐるりと向き直ってその胸にすがりつく。そうなのだ。「自分で言えってことなんだろうな」とさっき彼女は言った。と言うことは、ハッキネン中佐と彼女との間ではそれはとっくのとうに交わされていた話題であるはずで。
 ごめん、と。申し訳ばかりの謝罪の言葉が聞こえて、彼女の胸の辺りが微かに振動する。どくどくと早鐘を打っている心臓は、緊張している彼女のものなのかそれとも私のものなのかは分からない。もしかしたらどちらもなのかもしれない。

 額に当たる硬質な感触。士官学校を卒業するときに彼女に手渡したフローライトのペンダント。私の精一杯の想いを刻んだ、贈り物。恥ずかしがり屋のエイラちゃんはそれを余り表に出さないけれど、肌身離さず付けていてくれていることを私は知っている。
 あの時と同じだ。あの時と同じように、私たちはまた別れを突きつけられて、そうしてひどく戸惑っている。私は彼女が大切で、きっとエイラちゃんだって私を大切にしてくれていて。それでも、共にいることを状況が許してくれないのだ。

「わ、私はエルマと離れ離れになっても、エルマのこと大切に思ってるから。だって…その、エルマのいるこのスオムスを、守りたいの、だから」
「エイラちゃん…」

 真っ赤な顔をして、うっかり彼女がこぼした、彼女が戦い続けるもう一つの理由を聞く。私を守りたい。ルーッカネン分遣隊の隊長だとか、大意だとか、そんな階級なんて関係ない、建前なんてどこにもない、純粋でまっさらなエイラ・ルーッカネン個人の願い。

(エイラちゃんらしいな)

 ……思わず笑みがこぼれてしまうのは、彼女のその願いがはじめてであったあの日から、ひとつも変わっていなかったから。他の人にはどうだか分からないけれど、この人は昔から、私に関してはとことん甘い。ランニングの途中で転んだ私を助けてくれたあの日からずっとずっと、彼女にとって私は守る対象なのだろう。きっとそれはわたしがとてもとても情けないからで。
 けれど、でも。小さく首を振った。それじゃあ、駄目なのだ。だって、このままじゃ嫌だから。
 だから、私は答える。

「……いいよ」
「え?」
「エイラちゃんの願うとおりに、生きていいよ。責めたりしないよ。」
「エルマ……」
「その代わり」

 優しく両手で彼女の体を押して、まっすぐエイラちゃんを見る。首に回されていた腕を取って、その手を握り締めた。

「私も辞めないよ。離れ離れなんて嫌よ。どんな形でも、エイラちゃんの傍にいる。だから──私も、スオムス空軍に残ります。」
「え、えるま!?」
「連れて行って。地獄でもどこででも、私はエイラちゃんと一緒なら大丈夫だから」

 そうだ。あの頃とは状況が違う。あの頃まだ子供でしかなかった私だって、まだまだ頼りないけれどもこんなに大きくなった。状況ばかりに流されて、本当の気持ちを見失うことなんてない。自分に出来ること、出来ないことを、きちんと見極めることが出来る。その中で自分が本当はどうしたいのかを、きちんと言葉にして伝えることが出来る。そう、5年前のあの日に、中隊長を降りて智子さんにそれを譲ったときのように。
 ウィッチとして前線に出ることは出来なくてもハッキネンさんの手伝いをすることは出来る。智子さんの退役した後、再びススオムス義勇独立飛行中隊改め、第507統合戦闘航空団の隊長となった私だ。エイラちゃんやハッキネンさんには適わないかも知れないけれど、それでも何も出来ない「いらん子」だなんて言わせない。

「……だめって、言っても聞かないんだよね」
「うん」
「無理はしないって、誓える?」
「……エイラちゃんが誓ってくれるのなら」
「う、それは……でも、分かった、がんばる」
「…うん」

 はああ、と大きなため息がひとつ。「今日だけ、だからね。」いつもならそう続くところだけれども、今回ばかりはそうとは言えないだろう。

「ついてきてくれる?そ、その…地獄、でも」
「…うん!」

 だから私は、この手を離さないことにしようと思った。エイラちゃんは優しいから、私の幸せのためにならきっと私の手を離すことだってしてしまうだろう。かつては盲目的に信じていた彼女の強さだけれど、本当はその中に弱さだってあることもちゃんと知っている。
 でも私は離れたくないから。離したくないから。しっかりと掴んでおこうと思った。避けられない別れに、突きつけられた拒絶の言葉に、涙をのんで何も出来ないなんてこと、もう嫌だから。

「エルマがいてくれるなら、わ、私だって、どこでも……どこででも、幸せだよ」
「私もだよ」
「……だから、そばにいて、くれる?」
「うん」

 なんか一日早く誕生日プレゼントを貰った気分。
 ほっとしたように力を抜いたエイラちゃんが、そんなことを言いながら私の肩に顔をうずめてくる。今までで一番の、プレゼントだね。なんてそんな、嬉しいことを耳元で言われて、私も恥ずかしくて。でも泣きたいくらいに幸せだった。
 そのままぎゅうと抱きしめられて、苦しかったけれどそれはあえて言わないことにする。「不安」だなんてエイラちゃんは決して言わないけれどエイラちゃんだって女の子なのだ。強いけれども弱い一面だってある、誰かにすがりつきたい夜だってある、そんな一人の女の子。

 できることなら、すがるその人は私であって欲しい。他の人なんか嫌だ。
 …だから私は、彼女の傍にいようと思った。この手を離したく、なかったから。

「エイラちゃん…」
「え、エルマ…」

 どちらともなしに見詰め合う。名前を重ねあって、目を細めた。
 このまま地獄に落ちてしまってもいい。幸福の余りそんな気分になった、そのとき。

ガタタタ!!
「な、な、なに!?」

 バン!と扉が開く音と一緒に、何かが倒れるいくつもの音。びくりと体を振るわせたエイラちゃんが、そちらに背を向けている私越しに扉を見やった。

「ハ、ハロー、エルマに、エイッカー」
「…キャサリンが動くからよ!!ばれちゃったじゃない!」
「……ハルカが足を滑らせたのが、そもそもの原因。」
「ウルスラは揚げ足を取らないで!」
「あの子も隅に置けないわねえ。さすがはあなたの部下だわ、トモコ?」
「なっ!!私は関係ないわよ!!っていうかアホネン、もともとあんたの部下でしょ!!ビューリング、あんた澄ました顔してないで何か言いなさい!!」
「……しらん」

「あーんもうちょっとだったのにー」
「隊長とエルマ大尉って、やっぱりそういう…」
「い、いいとおもいます!あるとおもいます!」

 振り返るとそこで雪崩れ込んでいたのは、ハルカさんをはじめとした今の507部隊のみんなにルーッカネン分遣隊のみんなさらには、今はもう退役したはずの智子さんたちやアホネンさん。その後ろにはすっかり呆れ顔のハッキネンさんまでいる。

「お二人とも!パ、パスタたべまーせんかー!」

 ジュゼッピーナさんが、ひくついた笑顔で明るくそんなことを叫ぶ。今はもう離れ離れになってしまった懐かしい仲間のみんながどうしてか一同に会しているこの状況が、理由も分からずとても嬉しくてつい何も考えずに「はい!!!」と答えそうになった……けれど、どうやら、私のすぐ後ろにいる人はそう言える気分ではなかったらしく。

「……わ、私たちをそんな目で見んなあーーーーーーーー!!!!」

 真っ赤な顔で、エイラちゃんが叫ぶ。それを見ていると、私もどうしてか気恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。その場にいた全員が何も言い出せない中、ハッキネン少佐が一人、いつもの足取りで部屋に入ってきた。そして私たちに一枚の紙を差し出す。

「明日の式典の段取りです。頭に入れておきなさい」
「明日の式典って…」
「は、ハッキネン!あの私たちは……」
「閣下もいらっしゃるのですから、みっともない姿は見せられませんよ。」
「たかが一軍人、いいえまあ、ふたりですけど、の退役ぐらいでマンネルハイム閣下がいらっしゃるんですかあ?!」
「何を言っているのですか。きちんとお読みなさい。二人とも、まだ辞められては困ります」
「はあ?」

 明日にあるのは退任式典だけのはず。マンネルハイム閣下までやってくるということは、つまり今更キャンセルなんて出来ないということで。何を言っているのか分からずに慌てて手渡された紙を見ると、そこには。

「マ、マンネルハイム十字章…受賞…式典?」
「あなたたちのルーッカネン分遣隊、および第507統合戦闘航空団での功績をスオムス空軍の代表として讃えられるのですから、無礼のないように。」

 それだけの必要事項を告げた後、ハッキネンさんはくるりと踵を返して部屋を出て行ってしまった。ぽかん、としている私たちにみんなが口々に「おめでとう」の言葉を掛けてくれる。

「いやー、エルマが勲章貰うって聞いていても立ってもいられなくなってねー!トモコたち連れて飛んできちゃったよー」

 空砲もどきのピストルをバンバンと撃ちながら(そして壁に穴を開けながら)はしゃいだ声を上げるキャサリンさん。

「…は、ハルカさん!ウルスラさん!」
「私はちゃんと言ったわよ。でもエルマったらエイッカの帰りが近づくとぼけーっとして何も聞かないんだもん。ねえウルスラ?」
「少なくともハルカは、私の前でも計12回はそれを示唆する発言をしていた」
「う、うう…」
「エイッカはエイッカで、前日まで遠征組むもんだから連絡の付けようがないじゃない」
「……め、面目ない」

 小さくなるエイラちゃんをよそに、私はもう、びっくりを通り越して顔をほころばせることしか出来なかった。二十歳になって、ウィッチとしての能力がなくなったらこの場所から放り出されてしまうのだと昔から思っていた。それでもエイラちゃんと一緒にいたいから、かじりついてでも残ろうとさっき決めた。でも、違う。私はちゃんと必要とされている。「辞められたら困る」と、ハッキネンさんも言ってくれた。

それより、なにより。

「みなさん──ありがとう」

 私の晴れの報せを聞いて、こうして飛んで来てくれたキャサリンさんたちにお礼を言う。いいっていいってー。あの頃と全く変わらない明るい笑顔で、そう笑ってくれることがとてもとても嬉しい。

「お祝いの言葉はたくさんあるけど、明日に取っておくわね。まあ、今日のところは…」
「隊長!私たちはこれで失礼しますので、後はお二人で」
「そうそう!二人で楽しんでくださ〜い」

 忙しなく去ってゆくみんなを見送って、バタン、と扉が閉められた後に一息。みんながいたその間も密着しあっていた体が今更ながら気恥ずかしくて、ぱっと体を離してしまう。それはエイラちゃんも同じだったようで、なんとも言えない空気が部屋に流れた。

「…く、勲章だって、私たち…」
「わ、私はそれに立ち会うのは初めてじゃないけど…」
「な、なんかすごいね」
「う、うん」
「……ねようか」
「まって」

 気恥ずかしさからだろうか、自分のベッドに横になろうとするエイラちゃんの手を、さっきまでと同じようにぎゅうと握って押しとどめた。

「な、なに?」
「あともうちょっと、お話してよう?」

 時計を見れば、もうすぐ12時。私たちが大人になってしまうまで、あとちょっと。
 それに意味があるのかなんて聞かれたら困ってしまうけれど、それでももうすぐ始まる「これから」を大切にしたいから。そう誓いたいから。

「…きょうだけだかんね?明日は大事な日、みたいなんだから」
「うん、分かってる」

 明日を迎えるそのときまで、こうしていよう。
 これからもよろしくね。ずっとずっと、傍にいるよ。明日になったらすぐに、あなたにそういえるように。


おわり







ほんと趣味満載ですみませんでした
エイラちゃんはエイラ・イルマタル・ユーティライネンのことじゃないです念のため
詳しくはどっかの保管庫にある「Floren,Fluorite」とか言う空気読めてない話をご参照ください。
エイラのヘタレはエイッカたいちょーから受け継がれたと信じて疑いません ひゃっほう!

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