そこはひだまりで、膝の上ではルッキーニが幸せそうに寝息を立てているのだった。
しばらくぶりに戻ってきた静寂に、あくびが出そうなほどの平和に、シャーロットは穏やかに笑んで子猫の頭に手を伸ばす。
黒は熱をよく吸収する色だという。その通り、彼女の頭は熱いくらいに熱を持っていた。
こうしているとまるでいつもどおりで、慌しかったここのところのことなんて忘れてしまいそうだ。いや、本当はそうして忘却の
かなたへ追いやって、シャーロットは以前と同じ楽観的で多少の物事には動じない自分に戻りたかった。いや、それはもともと
建前の自分で、本当は情けなくてろくでもなくなることもある、そんな自分に気付く前の、幸福で一杯の自分に戻りたかった。
はあああ、と、一つ大きなため息をつく。でも戻れないんだろうな、と思うと目頭が熱くなる。だってもうこじれちゃったんだ。全部
全部、自分が壊した。なんだかぐらぐら揺れていて面白そうだからつついてみた。そのうちに壊したくなってちょっと力を込めた
らものの見事に崩れてしまった。懸命に立て直そうと立ち回ってみたけれどでも、元通りになろうが新しい何かをあの二人が形
作ろうが、シャーロットが壊してしまった事実は変わらない。

「あ、シャーリー」
不意に後ろから掛けられた声に、びくりとする。彼女が自分の一番近くにいた。それはつい、数日前までのこと。
可愛い、愛しい。そう思っていたあのときの気持ちが蘇って、でもそれ以上に過ちを犯した自分のことも如実に思い出されて
苦しくなる。あちらが何を言ったわけじゃないけれど視界に入るのさえ申し訳なくて、気がつけば避けていたのかもしれない。

「なんか最近、つれないじゃんかよう」
すす、と気配が近づいて、それでもシャーロットは振り向かない。振り向いたらまた、冷静になれなくなってしまうような気さえ
した。そんなのはいやだ、と思った。
不意に視界が明るくなる。シャーロットの傍らで、エーリカの金色の髪が光を目一杯に反射している。まぶしい、と思って顔を
しかめた。

「あのねえ、シャーリー」
「…なんでございましょうか」
一向にこちらを向かないシャーロットだったけれども、そんなことはエーリカにとってはどうでもいいことだった。自分は根っから
のわがままであるのだから、そのわがままを通し続けるのが自分の仕事なのだ。そうじゃないと私が私じゃなくなっちゃうん
だから、とエーリカは思う。

「トゥルーデがね、私とシャーリーが一緒にいるのはいやだっていってた」
「さいですか」
「てかね、私が、トゥルーデ以外と一緒にいるのはいやだって」
「そっか。よかったじゃん」
「でもね、いまさ、ここすっごく気持ち良さそうじゃん」
「…まあ、そうだな」
「私さ、ものすごく眠いんだよね」
「…でも、私と一緒にいるなって、そう、バルクホルンが言ったんだろ」

だいすきな、だいすきな、さ。付け足そうと思って、やめにする。そんなこと聞いていれば分かるし、見ても分かる。視界の端に
映る金色はまるで太陽の化身のようだ。長く長く伸びた彼女の髪がバルクホルンのためだと、結局エーリカは告げたのだろうか。
あなたにかわいいといってほしいからのばしてたんです、って。

「うん、だから賢い賢いエーリカちゃんは考えたんです」

そんなシャーロットの思考など無視してエーリカは立ち上がった。驚いて振り返ると、扉の外に金色が消えていく。ほ、と安堵
すると同時に落胆もしている自分がまた恨めしい。虚しくなって向き直る。ルッキーニはそ知らぬ顔ですやすや、すやすや。ろ
くでもなくて邪魔かもしれないけど、でもやっぱり愛しくて仕方がないから。だから一緒にいさせてくれな、ごめんな。
そのうちにシャーロットも眠くなってきてうつらうつらとしはじめた。意識が温かな日差しに解けていく、その直前で。
ぽん、と。その肩に何かが寄りかかってきてびくりとする。見ればそこには先ほどと同じ金色がこちらを見上げてにこにこと笑ん
でいて。なんだよ、なんなんだよ。混乱していると、別の人間の声。

「何するんだフラウ、おい、はなせ!」
エーリカに抱え込まれて倒れこんでいる茶色い頭、二つのお下げ。離せと口で言う割に身じろぎしないのはきっと、まんざらでも
ないからだとシャーロットは思う。

「トゥルーデと一緒なら私嬉しい、トゥルーデおこんない、シャーリーはまあどうでもいい。こういうのを『一石二鳥』っていう
んだって、坂本少佐が言ってた」

ねえ、賢いでしょう?
数日前までの出来事なんて全部忘れたと言った朗らかな顔でエーリカが笑うから、シャーロットは嬉しくなってつい、その金色を
片腕で抱え込んでぐしゃぐしゃと撫で回してしまう。彼女の腕の中のろくでもなしがぎょっとした顔をしたのを見たから、謝罪代わ
りにはなをむけてやることにした。

「ねえ、髪を伸ばしたハルトマンってかわいいと思わない?」




本音と建前というですね、ものすんごくだいすきなお話があってですね
それの最後を読んでいたら無性に最後のシャーリーの台詞を言わせたくなって書いてしまった
本立ての人が本物の後日談(しかもこれと比較にならないほど素晴らしいよ!!!)上げてくださったし、いいかなって



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