私のすぐ傍にいるエイラが、不意に遠い遠い場所を見つめて黙りこくることがある。

ぱさりと乾いた音が他に誰もいないブリーフィングルームに響いた。とろとろと寝ぼけ半分でいた私の耳は
その微かな音で覚醒する。寄りかかっているその向こうから、柔らかさと温かさを感じる。お気に入りの枕を
ぎゅうと抱きしめなおしてそちらのほうを見た。

私は、たぶん、そこにいるエイラに何かを言おうとしてそうしたのだった。けれど私は何も言わず押し黙る
だけ。窓も扉も締め切られた部屋は耳が痛くなるくらい無音で、私はその静寂を破るのが恐ろしかった。

エイラはぼんやりと窓の外を見つめていた。手に持った紙には私にはまだよく理解出来ない、エイラの
故郷の言葉が並べられている。
エイラ、エイラ、エイラ、エイラ。何度も何度も繰り返されている、その文字だけは何とか理解できた。見間違
えるはずがない。エイラの名前だ。私にとってはひどく特別な意味を持ったそのアルファベットの連なりが、
今は何だかひどく恨めしい。

「───…」

こんなに近くに居るのにエイラがひどく遠く感じるのは彼女の心が今ここにないからだろう。自分の瞳と同じ
色をした青い青い空の向こうに、今その心はきっとある。それがわかってしまうのが、少し悲しい。そんな心の
機微にも気付けないほど私が鈍感だったなら、何も気にせずに彼女に語りかけることが出来たのだと思う
から。

エイラの手の中にあるのが、今朝ミーナ隊長に手渡されたばかりの彼女の故郷からの手紙だと私は知って
いた。割と頻繁に送られてくるそれが、彼女の故郷にいる先輩からのものだと言うことも、知っていた。そして
今まで届いたすべての手紙が、ベッドのサイドチェアの上から二番目の引き出しに大事に大事にしまわれて
いると言うことも、知っている。

これから数日、エイラはその手紙に対する返事を書く作業に熱中するのだろう。部屋のテーブルに置き放
された書きかけの手紙を、私は今まで何度見たことかわからない。全く読めないその手紙はエイラの意外に
端正な字でゆっくりと埋め尽くされていくのだ。エルマ、という名前のつづりを何度も繰り返して、ニパ、とか、
私の知らない人の名前も時折出して。たどり着くのに何日も何日も掛かるようなその距離を隔ててだって、
その場所は、そこに住まう人たちは、エイラの心を捕らえて離さないのだ。


今日のスオムスの天気は、どうなんだろうなあ。


ぼそりとエイラが呟いた。それはもしかしたら無意識に口にされた言葉で、エイラ自身は音にしたつもりが
なかったのかもしれなかった。けれども私の耳には確かに届いてしまった。そして悲しくなってしまった。
ブリタニアは今日も快いくらいの晴れだ。青い青い空がどこまでも続いていて、そこにそっとちぎって乗せた
ように、白い雲が時折混じる。吸い込まれてしまいそうなほどの、青い空だ。

けれどその青空が、エイラの故郷まで続いていると言う保証はないのだった。だから、その国が晴れている
という確証も、なかった。私の能力はどこまでもどこまでも見渡せる能力だけれど、それは天気を見るもの
ではない。どこかにある異常な物体を感知するためのものでしかない。
けれどもしかしたら彼女の故郷は今日もネウロイに襲われているかもしれないのだった。ブリタニアに続く
ネウロイとの最前線、そこがエイラの生まれたスオムスだ。
晴れか、雨か、血が降るのか、炎の海か。窓の外を見ているばかりのエイラの表情は、私からは全く見え
ない。もしかしたら泣きそうな顔をしているのかもしれない。今この瞬間にも自分の大切な仲間たちが戦って、
傷ついているのではないか。そう思っては、心を痛めているのかもしれない。

目をきゅうと瞑る。なんて言葉をかけたらいいのかわからないとき、私はいつもそうして逃げてしまう。何か
上手い言葉をかけてあげられたらいいのにと思いながら何も出来なくて、いつもいつも後悔する。
でも今、私は彼女に何をして上げられる?大丈夫だよ、何も怖くないよ。そんな確証もない励ましの言葉を
かけてなんになる?私に未来なんて見えないから、遠くを見渡すことが出来ても詳しいことはわからない
から、その励ましの言葉は虚構にしかならないだろう。根拠のない自信を抱くことが出来るほど、私は強くない。

だからただ心に誓う。私は誰よりも、エイラのために戦おう、と。
そうして早く彼女を故郷に返してやりたいのだ。エイラを大切に想って、こうして手紙を送ってくるその人の
ためにも。

サーニャ?
囁く声が聞こえるけれど、目は開かないことにする。だって開いたら泣いてしまいそうだと思ったから。
彼女がここを発つ日はつまり、私との別れの日を意味する。故郷を、原隊を別にする私たちは、この場所
から切り離されたら離れ離れだ。

でも、それでも、いい。エイラが幸せならそれが一番いい。
ゆっくりと頭を撫でる感触がした。ああもうどうしてこの人はこんなにも優しいだろう。離れたくない、ずっと
一緒にいたい。ぬるま湯のようなこの人の優しさに、ずっとずっと浸っていたい。
けれどそれは、口にしてはいけない願いだ。

出来ることなら今夜、彼女の故郷の方へ目を伸ばしてみよう。もしかしたら天気ぐらいなら、分かるかも
しれない。
晴れていたらいい。晴れていてください。どうか何事もありませんように。
そうであったならもしかしたら、もうしばらくこのままでいても許されるような気がするから。









保管しなくていいっていったからいいかなって
エルマ←エイラ←サーニャってどうですか だめですか エイラはエルマのこと大好きだといいと思うよ



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